日本女子プロ将棋協会

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REPORT 2010.08.06

中倉彰子初段-林葉直子さん観戦記(5)

観戦記(最終回) 第2章へ…
                          辰巳五郎


「途中でいいと思ったんだけど…どこが変だった?」
中倉女流初段の△5七金を見て投了した林葉さんは、笑顔で話しはじめた。
「△2五角のときに▲4八金寄がイヤでした」と中倉女流初段。
 その後、△8五歩を▲同桂と取れていた話など。
「相振りばっかり研究してたんだけど…。相振りやらないんだ」(林葉さん)
「はい」(中倉初段)
「やらないから、あれーっとか思って(笑)」(林葉さん)
感想戦は、石橋幸緒女流四段、船戸陽子女流二段も加わり、10分ほど続いた。
「林葉さん、考えている姿が昔と変わらない」(船戸二段)
「もっと実戦やらないといけないね」(林葉さん)
 林葉さんはとても楽しそうだった。負けて残念という思いもあるにはあるだろうが、久し振りに本格的に将棋を指せたという充足感のほうが大きかったようだ。
記者会見
 取材陣が戻ってきて午後3時30分から記者会見が始まった。対局前よりも人数が増えて40人以上。
 はじめに共同インタビューが行われ、その後は各社個別の囲み取材になった。
 林葉さんが話した内容を要約すると次のようになる。
「王手もできず、ミスも多くて残念。でも楽しかった」
「良さそうだと思って調子に乗ったら墓穴を掘った。今はポンコツ車なので、修理をしないと。今は30%くらい。100%は無理でも、あと40%くらいは上がるかも。またチャンスがあると思うので腕を磨きたい」
今後の本格復帰について「今は負けたばかりで考えられないけど、ファンの方々のお話も聞いて、考えたい」
私は聞いていて、林葉さんはもっと調子に乗って指していれば、勝機をつかんだのではないかと思った。
 ポンコツ車のたとえ話も出たが、変速装置やハンドルの修理は必要だが、エンジンや車体構造は少しの整備だけで済むのではないかと感じた。
 中倉女流初段は、勝負が終わってホッとした雰囲気が半分、緊張の名残りが半分。
 記者会見では、角打ちに金を寄られていたら厳しかったこと、緊張をしたことなど語られていたが、次の言葉が、林葉さんの将棋を物語っている。
「林葉さんの将棋は研究したが、定跡のない自由な将棋で分からなかった」
 最後は、テレビ局からの求めに応じ、林葉さんと中倉女流初段が握手をするシーンが撮影され、記者会見は終了した。
林葉さんの思い
 中倉彰子女流初段は、ブログで次のように書いている。

 林葉さんは、ブランクがあり、実戦不足だったと思いますが、
 やはり元タイトル保持者の実力をお持ちの方、大局観など、強さを感じました。
 また、対局が終わった後、 気さくに話しかけてくださったり、
 報道陣の方との対応でLPSAのことを気遣ってくださったり、とても優しく明るい方でした。



 広報担当理事として当日会場に詰めていた大庭美夏女流1級は、林葉さんの記者会見での言葉に触れ、twitterで次のようにつぶやいている。
 個人的には林葉さんが「楽しかった」「こういう可愛い子たちがたくさんいるのでみなさん女流棋士を応援してください」と言ってくれてなんとも言えない気持ちになりました。そうですね、これからにつなげていきます。
 
 
 船戸陽子女流二段は、林葉さんの帰りを見送りする間、少し話をした。
 林葉さんは船戸女流二段に次のように言葉をかけた。
 「陽子ちゃんに教わりたかった」
 林葉さんが勝っていれば、準々決勝で船戸女流二段と対戦するはずだった。
 「滅相もない。身に余りすぎるお言葉。こちらが教わりたかったです」。 
 船戸女流二段は、林葉さんが経営していた「ウーカレー」に何度も通うほど林葉さんを慕っていた。
 このように、林葉さんが後輩女流棋士や女流棋界を思いやる気持ちはとても強い。
 何度か林葉さんにお会いしていつも思うのは、彼女は、将棋が大好きだった少女時代の純粋な心をそのまま持ち続けているのではないかということだ。
 会話の節々に将棋を愛する気持ちが感じられるし、人に対しても真面目で遠慮深い。
 現在の彼女から、偽悪的(実はそうではないのに自分を悪そうに見せること)な部分と酒を飲むことと煙草を吸うことを取り除けば、内面はそのまま女流棋士になった頃の林葉直子さんになるのだと思う。
 対局中の楽しみながら将棋を指している雰囲気、対局が終わった後の充実感溢れる笑顔、林葉さんがいかに将棋を愛しているかがわかる。
 私見ではあるが、今回の対局で、林葉さんの中に女流棋士だった頃の気持ちが甦ってきたようにも思える。
戦友
 控えのコーナーには中井広恵女流六段が来ていた。
 中井広恵女流六段と林葉直子さんは、タイトル戦を10回も争った良きライバルであり、親友だった。
 例えば、1993年の将棋年鑑には、次のような棋士アンケートの回答が掲載されている。
○身長・体重・血液型
林葉直子女流五段の回答→159cm、中井広恵より5kg重い、B型
○無人島に一年間住むとしたら、何と何を持って行くか(二つだけ)
中井広恵女流名人・女流王位の回答→林葉直子と携帯電話
○健康法
中井広恵女流名人・女流王位の回答→林葉直子の下ネタ話を聞く事
 林葉さんはひらめきで指すタイプだったので感想戦で駒を元に戻せないようなことが多かった。中井-林葉戦のときは中井女流六段に駒を全部動かしてもらって感想戦をしていたこともあったという。それほど仲が良かった。
 中井女流六段は翌日に女流棋士として新記録となる18連勝をかけた対局を控えていたが、対局場に駆けつけた。(翌日18連勝を達成し現在19連勝中)
 それまで最多の17連勝は、林葉さん(1982年度)、山田久美女流三段(1993年度)、清水市代女流王将(1994、98年度)の3人が記録していた。
 控えのコーナーに、記者会見を終えた林葉さんがやってきた。
 林葉さんと中井女流六段はいろいろと雑談をしていた。
 二人の間で連勝記録の話は出なかったが、初めて17連勝を達成した林葉さんと、明日、新記録の18連勝を目指す中井女流六段、二人が並んでいるのを見て、とても感慨深かった。
 しかし、林葉さんは自分が17連勝したことを果して覚えているのだろうか?
 別れ際、中井女流六段が言った。
 「直子ちゃん、早く、体を治さなきゃダメだよ」
 「うん、わかったよ広恵」
 林葉さんは笑顔でLPSAサロンを後にした。