日本女子プロ将棋協会

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REPORT 2009.03.06

きさらぎカップ・決勝戦観戦記

平成21年2月22日―
この日、私は東京都北区にある「LPSA駒込サロン」を訪れていた。LPSA発足当時から、駒込で指導を受けていた縁もあり、活動内容にも興味があったため、応援の意味を込めて、1dayトーナメントの個人協賛を名乗り出た。今回は、その特典として、普段見ることのできない、緊張感溢れるプロ棋士の対局を、間近で観戦させて頂く事になった。
この日到着したのは午前9時半過ぎ。駒込駅から活気溢れる商店街を抜け、子供達の遊び声が飛び交う西中里公園を通り過ぎると、達筆で書かれた「日本女子プロ将棋協会」の看板が目に入る。正直、個人協賛を行うことに現実感がなく、夢心地だったが、この看板をみると現実味が増してくる。喜びと同時に気が引き締まる思いだった。
サロンに到着すると、既に中継スタッフの方々が会場の整備を終わらせていた。皆さんに挨拶を済ませると、午前8時半には到着して会場の設営を行っていたとの事。LPSAの華やかな雰囲気の裏には、スタッフの方々のこうした苦労があるのだと、改めて気づかされた。
その後、棋士の面々が続々と到着。今、私は仙台で暮らしているため、駒込で指導を受ける機会からは遠ざかっていたが、久しぶりの再会をすることができた。以前、お世話になっていた時のように、先生方と和やかに談笑し、お互いの近況を話し合ったのが印象に残る。
開始時間が近づくと、会場の雰囲気が変わり始め、サロンは静寂の対局室へと姿を変える。対局前に視線を落とし集中力を高める仕草や、宙の一点を凝視し対局の構想を練る姿が、そこここに見られる。否が応でも高まる緊張感。窓から見える見慣れた風景が、今は違って見える。
時計の針が、開始時間の午前十時を指し示す。静寂を切り裂くように、立会人が、対局開始を促す。
直後に一同、一斉に頭を下げ、力強い挨拶が響き渡る。
「よろしくお願い致します。」
こうして、第21回1dayトーナメント「きさらぎカップ」の火蓋は切って落とされた。
1dayトーナメントの醍醐味は何といっても、早ざし特有のスピード感にある。特に局面が終盤に近づくにつれ、形勢が大きく揺れ動くのが、非常に面白い。指している側は楽しむ余裕などないだろうが、見ている側からすると、どちらが勝つかわからない白熱した熱戦につい引き込まれ、感情移入し、見入ってしまう。
将棋には様々な魅力があると、最近強く感じる。序盤での駒組みは、研究に裏打ちされる、数学的な理論に魅力を感じる。中盤でのぶつかり合いでは、対局者の個性が色濃く表れ、駒運びの中に芸術性を醸し出す。終盤では、寄せ合い凌ぎ合いの中に、お互いの勝負術が激しくぶつかり合う。
上記のそれぞれが将棋に取って欠かせない魅力であるが、1dayトーナメントでは特に終盤の寄せ合い、凌ぎ合いに重点を置いていると言える。対局者がトーナメントを勝ち抜くために、好手、妙手を散りばめ、鬼手、勝負手で勝利を掴もうとする。シビアな時間攻めも駆使し、駆け引きの要素も勝敗に大きく影響する。対局中には両者とも、お互いの感情も無言のうちにぶつけ合っている。実際、身近で観戦していると、対局者の隠し切れない感情が、視線や仕草等から、ひしひしと伝わってきた。
熱戦に勝負がついても、そのやりとりは感想戦に受け継がれていた。淀みなく局後の検討が行われているのは、お互いの考えを理解しあえているからであり、すぐには緊張感が解かれていないのも、その証拠のように思われた。
今回、一回戦、準決勝と数多くの対局を観戦したが、内容の濃い将棋が多く、双方の秒読みになることが多かった。秒読みの緊張感には、耐えられないほどの圧迫感があったが、その中でも真剣な眼差しで盤面を凝視する姿には、圧倒されるほどの迫力があった。
今回、決勝戦に駒を進めたのは、北尾まどか初段と蛸島彰子五段。
北尾まどか初段は初戦で神田真由美初段、準決勝で藤森奈津子三段を破っての決勝進出。共に振り飛車対居飛車の対抗形であったが、急戦調の激しい流れから勝利をもぎとった。対して、蛸島彰子五段は、初戦で山下カズ子五段、準決勝で船戸陽子二段を破っての決勝進出。指しなれた中飛車で、女流名人経験者、優勝予想筆頭格など強敵達を次々と破り、決勝への切符を勝ち取った。
対局開始十分前に、蛸島五段が駒箱から駒を取り出した。両者共に気合の入った手付きで駒を並べ終えると、じっと空を見遣っている。立会人から対局開始を促されると、一呼吸して対局の挨拶。その後、さほど間を置かず先手番の蛸島五段が初手▲5六歩を指す。堂々と中飛車の意思表示だ。
二人とも、作戦を予め決めていたのだろう。両者軽やかに、淡々と駒を進める。五分も経たないうちに、第1図まで進んだ。後手の作戦は“二枚銀急戦”と呼ばれるもので、ゴキゲン中飛車に対して、有効な戦法の一つである。
特徴は、居飛車側の飛車先の歩を保留して、陣形を整える事を重視していることであり、現代将棋の主流を強く反映しているといえる。狙いとしては、居飛車側の右銀が7六にある角頭の歩を目標としており、左銀は中飛車の主張である5五の歩を目標としている。この二つの狙いを同時に防ぎにくいだろうというのが、居飛車の主張だ。
【第1図】
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本譜の進行はここから、△7四銀▲5四歩△4四歩▲6六歩△5四歩▲同飛と進んだ。▲5四歩は将来負担になりそうな5筋の位をさばく手で、あわよくば角の大さばきも狙っている。居飛車側としても、もちろん大さばきは許せず、あくまで角を負担にするため、△4四歩と局面を収える方向で指し進める。
【第2図】
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第2図は、そこから十数手進んだ局面。居飛車の右銀が取り残された感じで、右桂の活用も目途がつかない状態だ。北尾は口元に手を当てながら考え込む仕草が、増えてきたように見える。ちらりと対局者をみやる場面もあり、やや苦しそうな表情も浮かべる。対して蛸島には表情の変化は見られない。長年指し続けた中飛車に対する、自信と誇りが現れている。
手待ちの状況が続いていたが、ここで蛸島の指しては▲4七銀。片美濃の銀を中央に繰り出し、中央制圧を狙っているが、離れ駒ができるため、この一瞬が怖い。居飛車は離れ駒ができたこの瞬間に敏感に反応し、△6五銀とぶつける。遊んでいる銀を活用し、局面を動かす狙いだ。
【第3図】
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 局面が激しさを増す最中、ついに形勢が傾く。第三図の局面で、蛸島は▲5五同飛と飛車角交換を迫り、▲7二角と馬を作る構想を見せた。しかしここでは、北尾は遊んでいた銀を駒台に乗せる事に成功しており、懸念事項は解消されているため、局面を落ち着かせるべきであった。▲6六銀と打つのは悔しいが、離れ駒を無くしてから、機を見て左桂の活用を見せる展開もあったように思われる。
蛸島は椅子を座りなおす仕草が増え、落ち着きがなくなっている。何処かで誤算があったか。対する北尾は微動だにしない。相手の陣形が整っていない間に激しい流れに持ち込めたことで、指しやすさを感じているのだろう。
【第4図】
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形勢の傾きが如実に現れたのが、第4図。放り込むような手付きで、北尾が▽6九飛と打ち込んだ局面だ。機敏な仕掛けが、離れ駒を直接咎めたといえる。ここから▲3八金▽8九飛成と進み、後手の桂得となった。▲3八金の代わりに▲5八銀は指し手みたい手。以下、本譜と同様に後手の桂得となるが、▲5五馬~▲8八馬と香車を取りと龍を殺す狙いがある。
【第5図】
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北尾優勢で迎えた第5図。 ここで△4六歩があった。以下▲4三銀成△同銀▲4八金打△同龍▲同金△4七歩成▲同金△3五桂(参考図)が上ずった金と王頭を同時に狙って厳しい。▲4八金は△2六銀の鬼手がある。
(参考図)
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実戦は△4五銀と進み、以下、▲4三銀成△同金▲5二金。ここで北尾は頭を抱える。明らかな見落としの仕草だ。ここから、蛸島の喰いつきが始まる。
【第6図】
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 第6図は、一歩も引けない激しい終盤戦の最中。ここでは、両者、秒に読まれていた。そんな中、蛸島は、巧みに6七にいた遊び金を守りに活用する。以下、△4七桂成▲同金△5六銀打▲4八金打△同龍▲同金と進み、下段の龍を消すことに成功。蛸島が局面を大きくリードした。
局後の検討で指摘があったのは、ここで△3九銀。▲3九金には△2七桂成があるため、取ることができない。玉が逃げることになるが、そこで△2五桂と跳ねて相当だった。
【第7図】
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大勢を決したのは第7図。8八の馬の利きを遮断して、王手を受けた局面だ。先手玉に△3七桂成から詰めろが掛かっているように見えるが、△3七桂成以下▲同桂△3六金▲1八玉△2七金に▲2九玉と逃げることが出来る。蛸島は秒読みの中、冷静に対処し、じっと▲4二成桂と後手玉に詰め寄ったのが決め手になった。
自分に暗示を掛けるように何度も頷く蛸島。対照的にうなだれる北尾。両者の感情が、最も色濃く現れた局面でもあった。
【投了図】
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その後、北尾は望みを捨てず、頓死筋含みの王手で怪しく迫るが、蛸島は冷静だった。先手玉を安全地帯まで避難させ、後手玉を寄せに入る。北尾は、弾く様な手つきで入玉へのわずかな望みを託すが、蛸島が鮮やかに即詰みに討ち取った。投了図以下、▲1五銀の王手に△同歩には▲同龍△3四玉▲2五金。△2五玉と逃げるのは▲1四龍で詰んでいる。
こうして、第21回1dayトーナメント「きさらぎカップ」は、蛸島彰子五段が優勝の栄光を勝ち取った。
表彰式での挨拶は初優勝の喜びからか、終始笑顔が絶えない。
その中で、「山下さんとどちらが先に優勝できるか、楽しみにしながら将棋を指していました。」と述べられたのが、印象に残る。
 「続ければ人生」を座右の銘に掲げ、女流棋界で創成期から今日に至るまで、活躍してきた彼女だからこそ、この短い言葉に実感が宿る。
 そんな彼女の思いは、LPSAの後輩達が、根強く受け継いでいる。例を挙げれば、GSP(=Girl’s Shogi Project)をはじめとする、様々な教室での普及活動。画期的なペア将棋棋戦の創設。将棋そのものをアピールするため、「日めくりカレンダー」、「どうぶつ将棋」などの新商品の開発もそうだ。
 
 最近では、NTTル・パルク杯「天河戦」において、アマチュア招待選手の成田弥穂さんの活躍が、世間を賑わしている。男性プロ棋士達も例外なく、彼女の実力を高く評価しているほどだ。こうした、才能溢れるダイヤの原石が見つかったのも、LPSAの功績と言ってよいだろう。今まで、将棋界では成しえなかった新しい試みが、着実に実を結んでいる。
 蛸島にとって、思いを一つに日々邁進する後輩たちとの真剣勝負は、きっと特別な感情があるに違いない。優勝の喜びもひとしおだろう。                    
(鈴木伸吾)