日本女子プロ将棋協会

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REPORT 2009.08.03

マンデーカップ・観戦記(いっこう様)

第26回1dayトーナメント・MONDAYカップ 決勝戦 船戸陽子二段-中倉彰子初段
観戦記担当・いっこう ☆棋譜はこちら
見られて萌える船戸女流二段が連覇達成 
第2回マンデーカップの決勝は、大庭美樹女流初段、中倉宏美女流二段を破った船戸陽子女流二段と、藤森奈津子女流三段、松尾香織女流初段を破った中倉彰子女流初段の対戦となった。
決勝の観戦記担当を命じられた私は開始時間前に決められた席に着く。WEB中継において、その名を知られたお二人がすでにPCの前で黙々と準備を進めている。ド素人の観戦記者はお二人に挟まれて、ただ所在なげに時が来るのを待つのみ。しばらくしてもう一人、マンデー生徒仲間の西氏が記録係として隣に着座、馴染んだ顔に少し緊張がやわらぐ。
両対局者が入場して西氏が振り駒を行う。船戸陽子女流二段の振り歩先である。「振り歩先」と改めて漢字にしてみると何となく変な感じ。と金が3枚出て、中倉彰子女流初段の先手が決まる。
 先後を決めた後、両対局者は解説スペースへ移動、観戦するマンデーカップ協賛者の前で一言あいさつ。すぐに対局スペースに戻り、静かに盤の前で開始を待つ。障子のつい立一枚だけで対局スペースと解説スペースが隔てられているが、この一枚の効果はなかなかのもの、静と動、緊張とリラックス、二つのスペースの雰囲気が全然違う。昨年の第1回マンデーカップの時にはこのつい立はなかったように記憶している。1dayトーナメントも回数を重ね、細かいノウハウも蓄積されてきているのであろう。
 間もなく開始時間、動画を担当するmt氏はWEBカメラの位置決めに神経を配っている。定刻16時、合
図とともに後手番の船戸は素早くチェスクロックを押す。
先手の中倉は7六歩、乾いた駒音。駒は江陽作の巻菱湖、盛り上げ。駒に比して卓上盤は一寸二分くらいであろうか、いくぶんプアに感じるが、テーブルの高さとの関係で厚い卓上盤では指しにくいと、いつだったかお聞きしたことがある。この日、使用されていたもう一組は大竹竹風作の錦旗、同じく盛り上げである。
■マンデーカップ予想表
この日、朝10時からの一回戦が始まる前に、出場選手を競走馬に見立てた予想表が配布されていた。題して「マンデーカップ勝負予想」。8頭の出走馬、それぞれにらしい名前が付けられ、マンデーレッスンの生徒でもある能勢氏をはじめとして、大盤解説者である阿久津主税七段、まえはる氏が本命、対抗、穴の予想を立てている。さすがに専門家集団、3人とも船戸には何かしらの印をつけている。
そのヨウコクリスタルを本命に押したのは能勢氏。理由として、(1)一日に複数局指す将棋に強い、(2)公開対局に好成績という判断、さすがに目の付けどころが違う。まえはる氏はこの日の朝、もう少しで全英オープンを制するところであったT.ワトソンの活躍が影響すると見てベテランのセンターザタコサマ(誰だか分かります?)を本命に押し、阿久津七段の本命はカオリテンジン(これはなんとなく分かるでしょ)。しかし、決勝に進出したもう一人、ナチュラルアッコは無印であったのだ。
こうした遊び心いっぱいのマンデーカップ予想表、出走馬の今年7月までの公式戦勝率、1dayトーナメントの成績、寸評など細かく書かれていて、さすがに馬体重までは記載されていなかったが、遊びであってもおじさんたちは一生懸命に遊ぶのである。
■マンデーエックス
2回目を迎えたマンデーカップ、新趣向が企画された。マンデーレッスンの生徒同士の予選を勝ち抜いた代表者1人がマンデーエックスと称してマンデーカップのトーナメントに参加できるというもの、しかもレッスン時の手合と同じ駒落ちで参加できるというのである。アイディアを出したのは石橋女流王位だという。予選を勝ち抜き、晴れて代表になったのが伊藤大介氏、角落ちで中倉宏美女流二段に挑戦である。
伊藤氏もマンデーカップ予想表に出走馬としてエントリーされていたが、当然無印。「宏美さんと対局できただけでも幸せと思い、空気を読んで…」あるいは「いい思い出づくりをしてくださいね」という寸評は妥当であろう。しかし、一回戦の中で一番注目を集め、あわやというところまで追い詰めて沸かせていたし、一番応援されていたのは実は伊藤氏だったのかもしれない。
■記録係
ここでお詫びがある。今回、観戦記を命じられた私は、外にも記録係も初経験となった。注目のマンデーエックス伊藤VS中倉戦の記録係に立候補させていただいたのだが、これが予想以上に難しかった。言い訳は二つある。一つは表記の不慣れ。普段の自分の慣れ親しんだ棋譜表記は「76歩」という形だが、正式な表記は「7六歩」と思いこみ、その形の表記に神経を使ったこと。後から知ったが、「76歩」と書いても別段問題はなかったようだ。
もう一つは対局者の位置である。ここ数年、NHK杯は欠かさず見ている。NHK杯では画面に向かって左側が先手、右側が後手、画面の下が先手と決まっている。であるから、画面に向かって左手に後手(上手)が座ると非常な違和感がある。この違和感を克服できないのが素人の悲しさ、記入ミスが多く、汚い棋譜となってしまった。最終的には清書したわけであるが、初手△6二銀を4二銀と書き間違えたまま清書してしまったことを告白しなければならない。対局時計を操作するわけでもなく、ストップウオッチを押すわけでもない、たんに棋譜用紙に指し手を記入していくだけなのに情けないことである。それに比べて本局の記録係・西氏は奨励会員でもないのに、きれいに記録していくのがちょっぴりうらやましかった。
■阿久津七段登場
さて、始まった決勝戦、先手中倉の四間飛車VS船戸得意の右四間となっている。
素人の観戦記者のやることはなにもない。ただひたすら二人を見つめるだけである。
この日、決勝の大盤解説を務めてくれた阿久津主税七段、今年の朝日オープンを制したことはご存知であろう。「よく一緒に飲み歩いていて、いつ将棋の勉強しているのかと思うけれど、女流の将棋まで実に詳しい」と某氏の評価。人生なにが幸せかって問われて、自分の仕事が好きになれれば、それだけで十分に幸せだと思うが、阿久津七段は将棋が大好きである。
すでに述べたように解説スペースと対局スペースの間は障子のつい立一枚、当然、阿久津七段の声も聞こえてくる。「中倉さん、最近振り飛車が多いという印象ですね」「船戸さんは勝負に辛いという印象です。この一局もがっちり囲うでしょう」
 その言葉どおり、穴熊ではなかったが、左美濃から船戸玉は1二まで移動した(32手目)。あれっ、LPSAでは禁止されている玉の位置ではなかったか。もう解禁なのか…。
■視線は盤上のみ
 船戸の周囲は豊かである。盤の左側にピンク色の腕時計を置き、右側にはコーヒーと、黒いレースの飾りがついた扇子、ペットボトルのお茶、もう一つ、小さな箱らしいものが置いてあったが判然としなかった。対照的に中倉は何もない。皆と同じ茶碗一杯のお茶だけである。しかも、そのお茶も口に含んだかどうか確認はできなかった。自分のバックを椅子と背中の間に置き、視線はひたすら盤上。実にシンプルである。中倉が旅行する場合、持っていく荷物は今どきの女性としては少ないであろうと想像した。
 船戸はハンカチを手にしている。ときおり口にハンカチを当て、息を殺すように盤上に視線を注ぐ。ときおり盤以外にも視線を飛ばすが、すぐに視線を盤上に戻す。中倉はハンカチを膝の上に置いたまま、頬の色がだんだんと赤くなってくる。視線は盤上のみ。お互い相手の顔は見ようとはしない。
対局スペースには解説の阿久津七段の声がどんどん入ってくる。
「プロ棋士だって、やはり押さえ込まれるとストレスが溜まりますからね。攻めたいですよ」「桂損や銀損くらいなら飛車が成りこんだ方がいいですよ」
なるほどと頷きながら聴いていると、聞き手が交代して能勢氏が登場した模様、「中倉さんは序盤で時間を使う傾向があります」と指摘。「終盤に時間をとっておく人は勝負師タイプ、前半で時間を使う人は研究肌」と阿久津七段。なるほど、そういうものか。能勢氏「この二人は、チェスクロックをたたく音が大きいです」と再び指摘、観察が行き届いている。
■二枚角は炸裂せず
39手目、中倉の長考中、船戸は席をはずす。船戸の存在は関係ないように、中倉は▲7五歩と伸ばしてチェスクロックをパンとたたく。船戸は戻ってくるなりじっと盤を見る。本局一番の長考で△9二香と間合いを計る。中倉も▲9八香と呼吸を合わせる。そして船戸は△4四歩と仕掛けた。それに対する43手目を考慮中、中倉の時間は残り10分を切り、やがて△同歩と取った。すかさず船戸は▲同角。中倉は少考の連続。残り5分を切る。▲7八銀、初めて中倉の左銀が動いた。待ってましたとばかりに△6五歩と船戸が反応(図面1)。
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この歩はもちろん取れない。船戸の残り時間は20分もある。消費時間の差が大きい。▲6七銀△6六歩▲同銀となった状況は、飛車と飛車が向かい合う間に中倉の銀がいる。この時、「飛車と飛車の間に駒がある方が不利」と阿久津七段のコメントが耳に入ってきた。
このあたりが勝負どころであろう。両者とも姿勢の前傾が深い。間もなく秒読みとなった中倉が秒に読まれて指した55手目▲6七歩から形勢は船戸に傾いていく。局後に中倉本人も悔いていた6七歩である。ただし、形勢が傾いた後も諦めない中倉は美しい。印象に残っているのは79手目▲6八角打である(図2)。
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二枚の角で船戸玉の頭を狙う構想はいつから考えていたのか。△4二金と、と金を払った手に対して▲4五金とぐいと前に出て角筋を通す。頬はますます赤い。勝勢を意識している船戸に丁寧に応接されて、二枚角は炸裂しなかったが、最後まで逆転を狙う姿勢に根性を感じた。
解説スペースでは中倉の妹、中倉宏美女流二段が聞き手として登場してきた。阿久津七段とのコンビは、まるでNHK杯である。ただもう時間がない。
阿久津七段が「あっ、もう寄せですね」と言ってからアッという間であった。船戸は見事な収束を見せる。残り時間13分47秒、17分使わずに連覇を決めてしまった。
■遠慮なく連覇を伸ばして欲しい
 感想戦は和気あいあいであった。対局中、厳しい顔つきであった中倉は普段の穏やかな顔に戻り、「看板どおり、もっとポジティブにいけばよかったですね」と明るい声で言い放って笑いを誘っていた。人柄の明るさ、将棋に対する真摯な姿勢、清楚な雰囲気、魅力的である。二人目のお子さんはまだ9ヶ月というが、この日はずいぶん遅くまで打ち上げにも付き合っていただき、恐縮なことであった。先日のマンデーレッスンでの指導対局、「あっ、飛車がタダでもらえちゃいますね!」などと言って、遠慮なく私の飛車を素抜きしたことは許してあげようと思う。
連覇した船戸は、予想投票で一番人気であった松尾香織女流初段に気遣ってか、「今回の優勝はマツオテンジンだと思っていたのにスミマセン」などとあいさつしていた。連覇ぐらいで恐縮してどうする。マンデーカップはいつも私が優勝するものというくらいの気概で遠慮なく連覇を伸ばしていってもらいたい。世の中には十○連覇している人もいるのである。もっとも十○連覇を許してしまう周りも周りだが…。それにしても公開対局、皆に見られていると滅法強い船戸である。
■最後に
棋力初段にも満たない人間が観戦記なんておこがましいと思っていたが、マンデーレッスンの先生の命には逆らえない。要領が分からないまま書き終えることにはなったが、こうした作業を通して出来の悪い生徒は鍛えられるのであろう。
幸いマンデーカップから一週間後のマンデーレッスンでは、右四間愛好家の石井氏と一緒に優勝者本人から本局の解説をしていただくことができた。解説を聞いた後に改めてWEB中継の棋譜コメント(記入=銀杏氏)を見てみると、その内容が優勝者の解説とほぼ同じであることに気づいた。ご存知のように中継の棋譜コメントは対局の進行中にどんどん入力していく。銀杏氏ももちろんその場で入力していた。着手と同時に指し手の意味を瞬時に判読していく棋力はプロ並みのようだ。このコメントを読んでいけば、本観戦記では不可能であった棋譜の解説を味わうことができる。まだチェックしていない方はぜひアクセスしてみて欲しい。
7月20日の海の日に開催された第2回マンデーカップは表彰式を行い、最後は記念撮影で無事に終了。マンデーレッスンのレギュラー講師である松尾女流初段が打ち上げの席上、「今回のマンデーカップ、自分のことでなくて、皆さんに楽しんで欲しいと心から思いました」と感想をもらしていた。ご本人は憶えていないかもしれないが、夜の観戦も怠りなく発言をノートに記しておいた。皆を楽しませていれば、いずれ自分も楽しいことに自然に巡り合うことができるのだ。今回のマンデーカップ、十分楽しませていただきました。