日本女子プロ将棋協会

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REPORT 2010.08.03

中倉彰子初段-林葉直子さん観戦記(2)

観戦記(2) 林葉式石田流           辰巳五郎


午後1時、対局が開始された。立会人は石橋幸緒女流四段、記録は大庭美樹女流初段。
林葉直子さんがノータイムで▲7六歩。
間もなく中倉彰子女流初段が△3四歩。
ここで、取材陣が退出。時計が止められ、対局がいったん中断する。
林葉さんは席を立って一服。
中倉は席に座ったままで「初めての雰囲気で……」とつぶやく。
中倉は自身のブログでこの時の様子を次のように書いている。


 対局場の入ると、報道陣の多さにビックリ。
 見慣れたLPSAサロンが、異空間のように感じました(^^;)



テレビでの司会の経験が豊富な中倉でさえ驚くほどの、熱気と人の多さだった。


二人の棋風 
 林葉さんが日本将棋連盟を退会する1年5ヵ月前に中倉が女流棋士になっているが、この間、二人の対戦は一度もなかったので、初手合いということになる。
 中倉は四間飛車穴熊を得意としているが、もともとは居飛車党。相手が振り飛車のときは相振り飛車にせず、居飛車穴熊にすることが多い。序盤から少しずつリードを広げて勝ちにいくタイプで、優しく清楚な外見とはうらはらに、過激な指し手が繰り出されることも多い。
 一方の林葉さんは、変幻自在。過去の棋譜をもとにそこから新しい一手を研究するのではなく、最初から自分自身で違う棋譜を創造してそこから最高の一手を考えたいという主義だ。
 現在では戦法として確立されている初手▲3六歩からの袖飛車は、林葉さんが20年前に多用していた戦い方であり、対左美濃藤井システムも、20年前の林葉さんの一局(1990年12月13日女流名人位戦 中井-林葉戦)がヒントになったとされている。
 現役時代から定跡や他人の棋譜は研究しなかった。あるインタビューでは、林葉さんが一番やりたくない棋士は林葉直子と語っている。何を考えているのかさっぱりわからないというのがその理由。
 林葉さんの将棋は、ひらめきを積み重ねる将棋なのだ。


▲7五歩の背景
 午後1時6分から対局再開。
 再開直後、林葉さんがノータイムで▲7五歩と突いた。
 石田流の出だし。
 この日、林葉さんは事前に具体的な作戦を立ててきたわけではなかったが、相振り飛車を想定していた。(後手番だったら4手目に△3三角と指すつもりだったと局後に語っている)
 まだ対戦相手が決まる前、林葉さんはある棋士からアドバイスを受けた。
 「最近の女流の対局は相振り飛車になることが多いんですよ」。
 林葉さんは、対局までの時間が限られているので、相振り飛車に絞って研究を開始することにした。その時には相振り飛車の指導も受けた。15年ぶりの対局とはいえ、定跡や棋譜を研究しない林葉さんとしては異例のことだった。
 この5月、林葉さんが将棋連盟に15年ぶりに行った時(昨日の記事参照)に、「あっ、大ちゃんの本だ」と言って販売部で買った本が、鈴木大介八段の「明快相振り飛車」(創元社)。戦型の分類と整理にちょうど良い本だった。
 ▲7五歩は、そういう意味では、石田流対居飛車ではなく相振り飛車の気持ちで指された▲7五歩だった。
 しかし、中倉は相手が振り飛車のときは相振り飛車にはしないので△4二玉。
 局後の記者会見で、
 石橋「3手目▲7五歩は現在将棋界でも流行している作戦でして・・・」
 林葉「えー、全然知らなかった(笑)」
というのも、このへんに理由がある。
 林葉さんはノータイムで▲7八飛。
 相振り飛車にならなかったとしても、一向に気にせず前に進むのが林葉流。
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乱戦を避ける
 中倉としては▲7八飛ではなく▲6六歩を予想していたのだろう。これなら持久戦になり、中倉が得意とする自玉を固めてから攻撃体制に移る図式を実現できるし、そのような実戦例も多い。
 しかし、大胆な▲7八飛。
 この局面から、△8八角成▲同銀△4五角という手がある。以下、▲6八金△2七角成▲7四歩△同歩▲5五角△3三桂▲7四飛△7三歩▲3四飛などの展開の乱戦になるが、それは序盤における中倉の棋風ではなく、また、現役時代、形にこだわらない将棋を得意としていた林葉さんを乱戦に誘導するのは得策ではないという判断がはたらいた。
 そういうわけで中倉は、少考後おだやかに△6二銀。以下、駒組みが進むが、林葉さんの▲5八金左から▲7六飛が独特な指し方。このタイミングの▲7六飛は△3四歩を狙いにいく含みがあるので、中倉の角交換から△3二銀は必然の流れとなる。
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誘いの隙
 林葉さんの▲5八金左が独特な理由は、▲7六飛と浮いて角交換されると、その後の模様の取り方が難しくなるからだ。7八の地点にスキができるので、▲7七銀や▲7七桂と活用しづらくなる。
 通常は▲5八金左と上がらずに、将来▲7八金とする前提で6九金のままでいるのが石田流の指し方。
 升田幸三実力制第4代名人は自らが編み出した升田式石田流を数多く指しており、そのほとんどは▲7八金(△3二金)と活用しているが、一局だけ実験的に▲5八金左(△5二金左)と指したことがある。(1971年12月王将戦 対有吉道夫八段戦)
 後手の升田九段は、2一桂の活用もままならず、2二の銀を僻地の1三に上がる非常手段をとっている。この後、升田陣は攻め潰される。
 升田式石田流の家元、升田幸三実力制第4代名人をもってしても、▲5八金左(△5二金左)型は、うまくいかない。
 しかし、林葉さんは、この難題をクリアしてしまう。
 指し手が進んで第3図。
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 ▲7七桂と跳んだので、7八と8九に角を打ち込むスキができた。一瞬ドキッとするような局面だ。
 しかし林葉さんは対策を用意していた。△7八角には▲9八角で、
 (1)△6九角成ならば▲8九角。次に▲5九金寄で馬を取ることができる。
 (2)△3五歩には▲6五桂(7八角取り)△3四角成▲7三桂成△同桂▲7四歩。
 角を手放したくなければ、△7八角と打たれた時点で、▲6五桂△8九角成▲7三桂成△同桂▲7四歩という、もっと過激な手順も成立する。
 △7八角や△8九角を打つと幸せになれない。
 この局面、感想戦で林葉さんは次のように語っている。
 「角を打ってくれないかな~と思っていたのに」。
 林葉さんが現役の頃は、升田式石田流がプロの間では指されなくなっていた時期だった。現役時代を含め、升田式石田流の研究をしたことがない林葉さんが、一瞬のひらめきで創り上げた局面だったのだ。
 石田流の姿を借りた林葉流の将棋と言うべきか。
(つづく)