日本女子プロ将棋協会

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REPORT 2010.08.04

中倉彰子初段-林葉直子さん観戦記(3)

観戦記(3) 瞬きとため息                      辰巳五郎


 ▲7七桂を指した後、林葉さんは席を立った。立つと同時に蝉が鳴きはじめた。ここまでの消費時間は、林葉さん13分、中倉女流初段20分。
 中倉女流初段は長考に入った。視線は敵陣右翼に注がれている。対局開始以来、中倉女流初段の瞬(まばた)きの回数が多い。女性の場合、1分間に32回以上瞬きをしている時はかなり緊張をしている状態という。取材陣の多さと熱気から、見慣れたLPSAサロンが異空間化し、取材陣が去ったと思ったら、そのまま「林葉直子」との対局。プロといえども、緊張しないほうがおかしい。
 林葉さんが席に戻ってきた。蝉の鳴き声が止んだ。林葉さんは向いの壁に貼られている「集まれ将棋ガールズ」のポスターを眺めている。
 中倉女流初段、林葉さん、ともに対局中は相手の顔は見ない。林葉さんが扇子をパチパチと二度鳴らす。林葉さんの扇子は大山康晴十五世名人の「夢」。
 今日の林葉さんは、レインボーカラーのチューブトップワンピースにラベンダー色のカーディガン。本人曰くリゾートファッション。中倉女流初段は、濃紺のカットソーに白のスカートと、シックな装い。
 テーブルには、二人にそれぞれ2本の飲み物が用意されている。
 ひとつが、日レスインビテーションカップの協賛である株式会社トーエルの「アルピナ・ピュアウォーター」(http://www.alpina-water.co.jp/)。北アルプスの麓で採水される水を逆浸透膜システムにより分子レベルまで磨き上げた、純水に近い水だ。
 もうひとつが、やはり協賛であるキリンビール株式会社と同じキリングループのキリンビバレッジ株式会社の「午後の紅茶 ストレートティー」(http://www.beverage.co.jp/gogo/)。紅茶は「冷やせば濁る」という性質を持っているが、この特性をクリアアイスティー製法により打破したリーフティーの本格紅茶だ。


読みのエアーポケット
 中倉は12分の長考で△8五歩。林葉さんの誘いの隙には乗らなかったものの、この手は危険だった。▲8五同桂と取られる筋がある。(△同飛なら▲9六角)
(第4図)
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 ▲8五同桂△5四角▲8六飛、または▲8五同桂△8四飛▲8六歩のような展開となり、一気に優勢になるわけではないが、一歩得であることと指し手の主導権を握れることが大きい。 
 ▲8五同桂の筋は、対局中は両対局者とも気が付いていなかった。読みから抜け落ちていた。感想戦で林葉さんは「なんだ、取っていれば良かったんだ。気が付かなかったから、気が付かなかったのよね」と笑いながら語った。対局者同士のテレパシーのようなものだ。


幸せそうな表情
 大きくため息をついた林葉さんは▲6五歩から攻めにいった。△同歩なら▲同桂△6四銀▲6六歩で、次に▲7四歩や▲6三角の楽しみが残る。
 中倉は△8四飛と柔らかく受ける。ここで林葉さんが考え始める。扇子を鳴らしてため息を二回。林葉さんは、指し手が思い通りにいっている時に、ため息が出るようだ。
 そして、4分考えて▲7四歩。決戦開始。
 林葉さんが席を立った。先程と同じように、立つと同時に蝉が鳴きはじめた。中倉は読みにふける。瞬きの多さは変わらない。
 林葉さんが席に戻ってきた。不思議なことに、先程と同じように蝉の鳴き声が止んだ。林葉さんは「アルピナ・ピュアウォーター」を飲む。
 中倉は40分の持ち時間を使いきって、秒読みになった。林葉さんは残り19分。
 林葉さんの対局中の表情は少し微笑んだ感じのポーカーフェースだが、間近で見ていると、楽しみながら将棋を指している雰囲気が強く伝わってくる。
 「将棋に戻ってきて良かったですね」
 思わずそう声をかけたくなってしまうほどだった。


決戦
 ▲7四歩に対して中倉は意を決したように△同飛として、飛車交換を迫る。△同歩では▲6二角と打たれ馬を作られるので△同飛しかない局面でもある。以下、飛車交換をして互いに飛車を打ち合った。
(第5図)
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 林葉さんは、ここから▲8一飛成と桂を取る。▲4一飛成△同銀▲7九金もあったが、林葉さんは桂、香を入手して敵陣に迫る絵図を描いた。以下、△8八飛成▲5五桂。
 局後に林葉さんは▲5五桂を悔やんでいた。▲5五桂では、先に▲9一竜と香を持ち駒にして、それから▲5五桂を狙う方針のほうが本譜よりも優っていた。△4二金引と引かせてからの▲9一竜は、次の▲4三香を見せたスピード重視の手だが、中倉は取ったばかりの銀を5四に打ち込み必死の防戦。
(第6図)
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 しばらくしてから、林葉さんが「そうか……」とつぶやいた。
 林葉さんは、銀を受けられてやや悲観してしまったと局後に語っていた。だが、ここではまだまだ有望だった。
(つづく)