R E P O R T レポート
マンデーカップ・観戦記(kk様)
第26回1dayトーナメント・MONDAYカップ 準決勝 船戸陽子二段-中倉宏美二段
観戦記担当・KK ☆棋譜は こちら
「2二歩」。先手は駒音高く「ピシリ」と打った。
マンデーカップ準決勝の2局は、午後2時に開始となった。普段はレッスンやサロンに開放されている空間が衝立で仕切られ、手前が大盤解説場、奥に対局場が設えられている。衝立の下にはテーブルが置かれ、優勝カップが設置された。
その脇には観戦者用の軽食や茶菓子が並べられている。この手作り感と、奥での真剣勝負のギャップ。LPSAの魅力は、こんなところにも転がっている。
準決勝の2局、中倉彰子初段は松尾初段と、中倉宏美二段は船戸二段との対局。対局場では中倉姉妹が背中合わせに座っている。姉妹が背筋を伸ばしたシンメトリーな美しさは、何か現代アートを思わせるような清々しささえ感じる。
1回戦で、宏美二段はマンデーXこと生徒代表の伊藤大介さんと対局したが、角落ち下手の伊藤さんの見事な構想&指しまわしに中盤はっきり劣勢となった。
しかし最終盤、伊藤さんが詰みをのがした一瞬の隙に下手玉を詰まして逆転勝ち。その激闘の余韻はまだ残っているのだろうか? 表情からはまったく窺えない。
一方の船戸二段。マンデーレッスン講師として、松尾初段らとともに事前の準備、当日の仕切りなどに奮闘しながらの対局。公開対局、しかも隣の大盤解説が聞こえてくる環境で集中するのはなかなか大変だったはずだが、対局席に着くや闘う表情にすうっと変わるのはプロの振る舞い。
宏美二段は黒のパンツに花柄のシャツ。色白の宏美さんに似合う、キリっとした出で立ちである。船戸二段は薄いベージュのワンピース姿。腕時計、靴も同系色で揃えている。ふと見ると胸元にはパールのネックレス。昨年もマンデーカップで優勝した船戸二段、そのときに副賞として手にしたネックレスを身につけてきた。
そうした気のつかいかたがこの人らしい。おそらく、このネックレスを付けることを最初に決めてから全身のコーディネイトを考えたのだろう。
この対局は記録係を務めさせていただいたので、振り駒を担当。船戸二段の振り歩先で振った結果は、歩が3枚。船戸二段の先手番となった。
後刻聞いたところによると、船戸二段は伊藤さんが勝ち上がってくることも想定して、角落ち上手でどう指すかを描いていたらしい。宏美二段が相手と決まり、その構想は無駄となったが、そんな素振りもなく▲7六歩△3四歩に迷うこともなく▲2六歩。
後手番となった宏美二段は居飛車も指すが、三間飛車も好んで指している。△4四歩と角道を止めて飛車を三間に振った。こちらは事前に作戦を決めていたのかもしれない。
船戸二段は、自ら動いていく将棋。故・大山名人は「最初のチャンスは見送る」と言ったそうだが、船戸二段は「最初のチャンスを見逃さない」というタイプだろう。今回の持ち時間30分(切れたら一手30秒)という設定では、序盤にはあまり時間を使うことはなさそうだ。
序盤のどこかで「ふう~」と長いため息をついたり、席を一度はずしたりするのは、最初のチャンスを見逃さないための予備動作なのか。なんとなく、棒高跳びの選手がスタート前に気息を整えているかのようにも思える。アスリート的瞬発力、それが船戸二段の魅力か。
一方の宏美二段は、指し手が進んでもまったく表情も姿勢も変わらない。形勢に自信があるのか作戦が思い通りに進んでいるのか。あるいは否なのか。アスリート的な躍動感とは対極的で、どこまでも読んでいたい、という求道的な雰囲気すら漂わせている。
背中合わせの彰子初段は、知らずのうちにか左足を少し引き、右肩を前に入れるファイティング・ポーズをとっている。
彰子初段の相手の松尾初段も含め、姿勢は四者四様ながらも盤上没我の域に入っているのはみな同じだ。LPSAの棋士はみな、対局中の姿勢が素晴らしくよい。背筋が伸び、無駄な所作がない。
船戸二段は迷わず穴熊を目指す。居飛車では矢倉、雁木、右四間飛車などなんでも指す船戸二段だが、対振り飛車でここというところでは居飛車穴熊が安心できるのかもしれない。
宏美二段は左銀を6四に持っていった。故・真部九段、中田功七段らの得意とする形。以前は「東大将棋三間飛車道場①」最近では鈴木大介八段が著書「鈴木大介の将棋・三間飛車」で丁寧に解説している。
この形は、2筋方面は明け渡し、その間に居飛車穴熊の薄みである5筋を狙って飛車を展開して先に攻める。あるいは6四銀の厚みを生かして8五桂から端攻めで寄せていくか。ただ玉側の桂を跳ねる攻めは反動もキツいので玉を7一に置いておいたほうがよい意味合いがある。
盤側、記録係の隣では桜木記者がネット中継を作業中。横目で見ていると、ノートPCのキーボードを休む間もなく叩いている。事前に仕込んだ情報、本譜で現れた手順、さらにリアルタイムで起きているまわりの情景までを瞬時に整理し、コメント欄に叩き込んでいるのだ。
対局開始前にご挨拶したところ、「入力を間違うことがあるかもしれないので、棋譜を見せてくださいね」と言われた。こちらも棋譜をつけることで精一杯だったが、中継記者の苦労はそんなものではない。
二度ほど、手順前後の入力があり、棋譜と付き合わせた修正があったが、それくらいですんでいるのは正に神業。
今日、ネット中継が大量にかつ詳細になってきたことで何が起きたか。それははっきりしている。「現場でこんなに面白いことがおきているのなら、現地に行って観戦したい!」という欲求を煽っているのだ。ネットはネットで完結しているわけではない。
将棋というコンテンツがネットにぴったり合っていたということもあるが、それを的確に中継できる体勢がなければ、こうした環境が発達することもなかっただろう。
船戸二段の表情は穏やかに見える。6月に開催された「とちのきカップ」準決勝では、この日の1回戦と同じく大庭美樹初段と対戦し、完全に押さえ込まれた将棋をあきらめることなく指し続け、最後のワンチャンスで逆転勝利を収めた。
その将棋をたまたま盤側で観戦できたのだが、背筋は緊張し右手の拳は握り締め、まわりの様子どころではなく何か起死回生の一手はないかと、まさしく盤上にのめりこむような姿勢となっていた。今日の将棋は形勢はともかく、自分の指したい手を自然に指せているのだろう。
宏美二段が中央の薄みを突いて5二飛と振り直した途端、先手はノータイムで2四歩。同歩、3五歩に後手も反発して5五歩。3四歩に5一角と味よく引いたところへ先手は2二歩と打った。
感想戦ではこのあたり、2二歩を同飛と取れるのかどうかというあたりがひとつのポイントだったようだ。「とっておいて悪いことはないはず」というのが大盤解説に登場した中井六段の感想で、ここで船戸二段の気合が通ったことがその後に大きく影響したようだ。
後手は8五桂と跳んだ。この桂が無駄になることはないが、端だけで手を作れるのか。宏美二段が扇子を使い始めた。揮毫はよく見えない。
船戸二段は右辺で細かく歩を突き、面倒を見ながら角を4六にさばく。宏美二段も8四に角を覗いて利かせるが、3九角成に2四飛と幸便に捌かれるのが痛かったか。後手の馬はその後、4八、5八、4七、と動いて4六角と交換になったが、これでは手損が大きかった。
2二に打った歩は桂馬を取りきって大きな成果を挙げた。
宏美二段の表情は変わらない。しかし、少しずつ小刻みに身体を揺らしながら、扇子で口元を覆い、時折目を瞑って考え込み始めている。少し形勢が難しいと考えているのだろう。
角を替えて5七角から1三角成と引きつけた。大盤の観客席から「ほお~」というため息のような声が聞こえてくる。振り飛車は左辺を捨てて穴熊玉頭に迫りたいのだが、7九の金を睨むこの馬は生きるのだろうか。
船戸二段はまだ面倒を見ながら、角を好位置に据える。さらに4四角と手順に動かし、3五歩と打って後手の馬筋を止めた。「辛いですね」との中井六段のコメントだが、ここでは先手の優勢模様である。
宏美二段は9二香打から穴熊の直接攻略を目指すが、先手の9三歩から9四桂が入って自玉がもたなくなった。そこからは確実に寄せて152手で船戸二段の勝ち。
敗れたとはいえ、宏美二段の勝負に対する気持ちの強さは印象に残った。船戸二段は持ち前の地力を発揮した将棋。
いずれにしても、実力派の二人による対局、見ごたえのある内容だったと思う。