R E P O R T レポート
中倉彰子初段-林葉直子さん観戦記(4)
観戦記(4) 中倉彰子の気骨
辰巳五郎
「そうか……」とつぶやいた林葉さんは、駒台に何度か手を運んでから▲6一角。
△5五銀と桂を取られても▲4三香が成立する(以下、理想的には△同金▲同馬△同銀▲4一竜の狙い)。
中倉が姿勢を変えずに考える。秒が読まれる。考える。秒が読まれる。そして、やや強い手つきで△2五角。
(第7図)
非常手段ともいうべき攻防の角だ。この局面が次の一手の問題になったら結構悩ましいかもしれない。
林葉さんは13分ほど時間を残しており、残り時間を気にしながらも、じっくりと考えはじめた。読むのを楽しんでもいるようだ。
中倉は、対局が再開された3手目以降、盤面だけに集中している。
このとき中倉は▲4八金寄とされるのが嫌だと思っていた。攻めが空振りになってしまう可能性があったからだ。中倉の表情は落ち着いているものの、瞬きのペースは最高潮に達している。
もし、この場に中倉彰子ファンがいたならば、すぐにでも助けてあげたくなっただろう。
逆転
早指しで快調に飛ばしてきた林葉さんは、ここまでで一番の長考。
そして指された手が▲3六香。
この手が敗因となってしまった。
林葉さんは▲4八金寄も考えたが、△5五銀と桂馬を取られたりするのが不満だったらしい。▲5五桂は取られてしまう運命。そうであるのなら、新たに目の前に現われた2五角を詰ませてしまおうという発想の▲3六香だった。▲5五桂を必要以上に悔いて5五桂の代償を求めに駒得に走ったものなのか。
しかし、▲4八金寄△5五銀▲4三香で十分だった。
また、△2五角に対して、▲4三香△5八角成▲同金△同竜▲4二香成△4七金▲3四角成で詰めろ逃れの詰めろと、一気に勝負に行く手順もあった(感想戦での石橋幸緒女流四段の指摘)。
▲3六香と打ったので、後手には▲4三香の脅威がなくなった。
中倉から見れば、終盤の危なかった局面が中盤に戻ったことになる。
逆に林葉さんから見れば、既に終盤の入り口と意識して指すべきところを、中盤の感覚で指してしまったということになる。
そういった意味で、中倉が放った△2五角は決して好手ではなかったが、勝負の流れを変えた、中倉の勝負師としての念がこもった一手だったといえる。
辛抱が実る
▲3六香に対しては△5五銀。嫌味な存在だった桂を自分の持ち駒に変えるとともに、防御一方の位置にいた銀を戦線に参加させる一石三鳥の手。
林葉さんは予定通り、▲2六歩で角を殺す。
△3六角▲同歩を経て、中倉が仕方がないという感じで△4三香と置く。
一見筋が悪そうな辛抱一筋の手だが、この一手で林葉さんの攻撃体制が無力化されてしまった。
(第8図)
林葉さんは▲7二角成から▲7三馬と攻撃の仕切り直しをはかるが、中倉も着実に△4六銀、△2四桂と迫ってくる。
そして、▲7四馬に△7七竜。
(第9図)
林葉さんは少考後▲7五歩と打った。馬を切ったり移動した際に△7一歩と竜筋を止められるのを嫌った手だが、この日の林葉さんは、ノータイムで指した手に良い手が多く、時間をかけて指した手が疑問手という傾向だった。
ここでは、▲6三角とアヤをつけにいく順もあった。▲6三角に△4五桂▲4一角成△同銀▲同馬△同金▲同竜△3六桂という展開になれば混戦。実際には▲6三角に△3一金と寄られて余されるのだが、アヤをつける意味では本譜よりも優った。
中倉は△3六桂から収束に入る。玉がどこに逃げても△5七銀成から一手一手。▲3九玉△5七銀成で大勢は決した。
中倉の瞬きのペースは普通に戻っている。
(第10図)
以下74手まで、中倉が綺麗に寄せ切った。
途中までは林葉さんが優勢で勝機もあったが、中倉が辛抱を重ね、一瞬のチャンスをうまく生かし勝利を呼び寄せた一局だった。
中倉の気骨
昨年9月26日の日レスインビテーションカップ準々決勝・準決勝でのこと。
女性アマ強豪の台頭は近年めざましく、女流棋戦トーナメント本戦まで勝ち上がることも珍しくなくなってきており、中倉の準々決勝の相手は高校生強豪の小野ゆかりアマ女王だった。
中倉は、鬼神が乗り移ったような攻撃で、この勝負を勝つ。
準決勝の相手は、準々決勝で中井広恵女流六段を破った女子中学生最強の成田弥穂女子アマ王位(当時)。
中倉にとっては2戦続けてのアマ強豪との対決で神経を使う展開となった。
対成田戦は、終盤中倉が優勢になったが、最後に逆転されて敗れてしまう。
この日は、一斉公開対局であり、大盤解説会も行われた。
対局を終了した中倉は、大盤解説会場で感想戦を行い、大盤解説会が終わった後、一人、対局場に戻って敗局の検討を続けていた。
写真(http://www.joshi-shogi.com/nrs/20090926_nakakura-akiko.jpg)で見るその後ろ姿には、並々ならぬ闘志を感じさせられる。
そして、今年の7月17日、第4期マイナビ女子オープン一斉予選の日。
中倉の対戦相手は、前年9月に日レス杯準々決勝で戦った小野ゆかりアマ女王。
中倉は終盤まで優勢に進めていたが、一手の緩手が響いて逆転されてしまった。
終局後の大盤解説会場での公開感想戦が終わった後、たまたま私は、中倉とすれ違った。大盤解説会場ではいつもの笑顔の中倉だったが、その時の中倉は、やや目を瞑りながら、無念そうな、悩ましそうな表情をしていた。壮絶な美しさの勝負師の顔だった。
中倉は自身のブログで次のように語っている。
脇役とは十分承知していましたが、こんなに注目された中で
対局できることは、今までにないことなので、精一杯対局しようと
思っていました。
今回の林葉さんとの対局は相当なプレッシャーがあったものと思うが、そういった中、中倉は、女流棋士としての矜持を示した。
(明日の最終回につづく)